49.孤高の「赤騎士」ー(8) (最終話)
「かしこまりました。」バーテンに扮した主計科員がスッと粋にそれぞれの前にカクテル・グラスを置いた。
「これは何だ?」メルダは初めて見るカクテルに目を見張った。
「カ・ク・テ・ル! 大人の飲み物よ。 もっとも私達、パイロットはアルコール抜きだけどね。」山本玲三尉が
得意げに説明した。
「『高貴な青』・・・。 とても 『ガミラス』 では許されない『飲み物』だ。
しかし、お前は何故、自分の色 『赤』 の飲み物を選ばないんだ?」メルダは不思議そうにたずねた。
「フフッ ブラッディ・マリーも一つちょうだい。」山本は追加注文をした。
すぐに『ブラッディ・マリー』が出てきた。
それは名前の通り、血の様に赤い飲み物だった。
「・・・これは血か?」メルダはその色に気色ばんだ。
ガミラス人は肌の色こそ青いが、流れている血液の色は地球人と同じ「赤」色だった。
遺伝子情報のDNA配列まで同じなのだから当然といえば当然なのだが、なかなか実感出来ない事でも
あった。
しかし、少し考えれば、地球人でも黒色人種は肌が黒い、しかし、血液の色は「赤い」ヘモグロビンの色だ。
ガミラス人の肌の色が青いのは肌の色素の問題であり、どうして青い色素が必要なのかは今後の研究に
待たなければならなかった。
山本はそんな理屈は抜きにして剥き出しの「血」の色に嫌悪を示したメルダに自分と同じ感覚を感じて彼女に
更に親近感を抱いた。
「でしょ・・・。 本当の血ではないけどこの色、私は駄目だわ。」山本はグラスを摘むと一気に飲み干した。
メルダは山本の真似をして一気にグラスを煽った。
「ウッ 何だこれは! お前達はこんな苦いものを喜んで飲むのか!」メルダは思い切り顔をしかめた。
「御免、御免、 これはこうして舐める様に楽しむものよ。 もう一つチャイナ・ブルーを・・・。」
山本は自分のロイヤル・スマイルをチビチビ舐める様に少しづつ飲みながら言った。
メルダも山本を真似て、出てきた『チャイナ・ブルー』を今度は舐めるように味わった。
「これは、不思議な味だ。 何んとも表現の使用の無い初めての感覚だ。」今度はメルダも味を堪能した様
だった。
メルダもガミラス本星では特権階級のお嬢様だったが、ディッツ家では武門の家として嗜好品や娯楽は堅く
禁じられていた。
「EX-178」でも親衛隊の将校が酒を持ち込んでいたが、本来はガミラス艦では飲酒は禁じられていた。
メルダは戦争をする戦艦の内に、こうした快楽を堂々と持ち込むテロン人にかえって畏怖を感じた。
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「やはり、お前では無理だった様ね。」通路の物陰で天海聖子一曹と工藤明菜二曹が話していた。
「はい、ディッツ少尉は私が右斜め後に立っただけで『殺気』を感じ取りました。
しかも銃に手を触れてもいないのに私の特技が抜き打ちである事まで見抜かれました。
申し訳けありません。」工藤二曹は無念そうに下を向いた。
やはり、男性保安部員と工藤二曹が入れ替わったのは作為的なものだったのだ。
「確かに、暗殺はそれが相手に気取られただけで失敗よ。
しかし、その後は旨く誤魔化したわね。 これでアイツはお前に対しての警戒心を解いたと見ていいわね。」
天海一曹は物凄く残忍な笑みを浮かべた。
「では、私に再度、襲撃しろと・・・。」工藤二曹は天海一曹に問うた。
彼女はメルダに自分の気持ちを伝えて警戒心を解かせたが、しかし、その気持ちに嘘、偽りは無かった。
だから、いくら上司の命令とはいえ、再度襲撃するのは辛かった。
そんな工藤二曹の心を見透かす様に天海一曹は言った。
「いや、次は私がやるわ、お前は私がしくじった時の切り札よ。」
「工藤二曹、不満そうな顔をしているわね。
いい、ディッツ少尉は尊敬すべき『ガミラス人』かもしれないけど、所詮、地球の敵、家族の敵、『ガミラス』の
一員だと言う事を忘れないで!! アイツは敵よ! 敵は許しちゃダメ! 敵は殺せ! これが地球の伝統よ。」
それだけ言うと天海一曹は工藤二曹の前を離れていった。
<敵は許すな! 敵は殺せ! これが地球の伝統・・・。>工藤二曹の胸に空しい風が吹き抜けていった。
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山本三尉はメルダと共にスポーツ・ジムに来ていた。
宇宙空間で生活するものはすべからく、運動を義務づけられていた。
そうしないと、直ぐ体力を失って任務に耐えない身体になってしまうからである。
これはガミラスとて同じ事でメルダもこの「体力維持訓練所」の存在には疑問を持たなかった。
しかし、ガラス張りの壁の向こうで行われているフット・サルや剣道、柔道が何か、理解出来ない様だった。
「山本! 彼等は何をしているのだ。
あの棒を持って打ち合っている連中や格闘している連中は戦闘訓練をしている様に思えるのだが、
あの球を足だけで取り合っている連中はなんだ、遊んでいる様にしか、見えないのだが?」メルダは率直な
疑問を口にした。
「スポーツをしているって言ってしまえばカッコイイけど、あなたの言うとおり、遊んでいるのよ。」山本は言った。
そしてスポーツの意味を教えた。
「対戦型のスポーツはルールのある戦闘って言えば判ってもらえるかしらね。
例えばあの棒、竹刀っていうんだけど、元々は人を斬る刃物だったのよ。 大昔の戦闘の一形態ね。
でも練習の度に本物の刃物を使っていたら、死人、怪我人の山が出来ちゃうでしょ。
だから、切れない木刀となり、打たれてもダメージの少ない竹刀を使う様になっていったわ。
しかし、それでも本気で打ち合えば怪我人は出る、だから頭には面、ヘルメットね、身体には胴、ヨロイ、腕には
篭手、防護手袋を付けて防具のない場所を打ってはいけない決まりになっていったわ。」
メルダは納得いかない様だった。
「何故、防具のないところを攻撃してはいけない? 相手が戦闘不能になってしまえば勝ちではないか?」
彼女にしてみたら素朴な疑問だったのかもしれない、でも山本は怒った。
「手段を選ばず、相手を攻撃する! それはもう『戦争』よ! そう、『ガミラス』みたいにね。」山本三尉は頭に
血が上って自分のタオルを引っつかむとジムを後にした。
<折角、少し判りあえて来たと思ったのに! メルダめ、剣道の神聖さを何だと思っている!>と
そこで山本は自分の過ちに気が付いた。
<ガミラス人の彼女に『剣道の神聖さ』なんて概念が判る訳がない!>慌ててジムに引き返した。
すると、その場にはメルダが気を失って倒れていた。
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怒った山本三尉が出てゆくのをあっけに取られて見ていたメルダだったが後ろから忍び寄って来た影に
気付かず、口を手で押さえられ、ピアノ線の様なもので首を絞められた。
「そうよ。 ルールの無いスポーツは『戦争』よ。 そしてあなたは今、『戦死』するの。」天海一曹だった。
天海一曹は良く言えば情報部の特殊部隊、悪く言えば暗殺部隊の出身だったのだ。
メルダはもう何も考えられなくなっていた。
だが、その時、一条の光のスジが走り、天海一曹の握っていたピアノ線を切り飛ばした。
「 チッ!! 」舌打ちすると天海一曹は即座に撤収した。
<くそっ、もうチョッとだったのに、あいつめ、どう言うつもりだ。>天海一曹には暗殺の邪魔をした相手に
心当たりがあるらしく、真っ直ぐ保安部の控え区画へ戻って行った。
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剛力彩三曹は与えられた罰当番として保安部が出動する時に使う自動小銃の手入れをしていた。
「ヤマト」の航海中、保安部員全員の銃を一人で手入れする役割を与えられていたのだ。
その武器庫に工藤二曹が入ってくると言った。
「剛力ちゃん、大変でしょう・・・。 手伝ってあげるわ。」工藤二曹は剛力三曹の傍らにしゃがむと一丁の銃を
手に取った。
工藤二曹はその銃を即座に分解すると手入れを始めた。
そこに天海一曹が怒も露なすごい形相で武器庫に入って来た。
「工藤二曹! チョッとこい!」天海一曹は工藤二曹を連れ出した。
暗闇で細いピアノ線だけをコスモ・ガンで狙撃出来る腕前を持っているのは工藤二曹くらいだったからだ。
「あなた、なんで私の邪魔をしたの。 返答次第ではただではおかないわ!」ゴツイ軍用ナイフを構えると
天海一曹はその背をペロリと舐めた。
「・・・自分でも判りません。 でも強いていえば「心の声」に従っただけ・・・です。」工藤二曹は応えた。
工藤二曹は武器庫に逃げ込んだ時、妨害工作について惚けきるつもりだったが、いざ問い詰められると
誤魔化す気は失せていた。
<自分のやった事に恥じる事何もはない!>そう思えたからだ。
「そうだよ。天海お姉、あの人は自分を殺そうとした私の助命も嘆願してくれたんだよ!」 剛力三曹も加わった。
「剛力三曹! お前までメルダを庇うのか、 あんなにガミラスを憎んでいたお前が・・・。」天海一曹はナイフを
降ろした。
「ふっ、『神』に会えば『神』を切り、『仏』に会えば『仏』を切る・・・か、私は『ヤマト』の旅は『修羅』の旅だと決めて
かかっていた。 でも、それでは我々の体力は続かないかもしれないな。」天海一曹は自嘲した。
そして、医務室の方へ歩きだした。
「どこへゆくのです。 天海一曹・・・。」工藤二曹が心配化にたずねた。
「ケジメよ。 メルダ・ディッツ少尉に詫びてくる。 その上で伊東部長のところに出頭する。」天海一曹は当然の
様に言った。
「それは順番が逆では・・・。」工藤二曹はそう言って「はっ」と気が付いた。
保安部によるメルダ・ディッツ少尉暗殺未遂事件は今度で二度目になる。
伊東保安部長の面子は丸潰れだ。
彼がことの顛末を先に聞いていたら事件を何とか揉消そうとするだろう。
そうすればメルダに謝罪するチャンスは永久に失われる。
「ケジメ」さえつけておけば、伊東保安部長が事件を揉消そうが、自分を「処理」しようが天海一曹にとっては
どうでも良い事だった。
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「ヤマト」は大きな衝撃に見舞われた。
「どうした!探査主任!報告せよ!」沖田艦長が命じた。
しかし、「判りません! 左舷にミサイルを被弾しましたが、当該方向に敵艦の艦影はありません。』探査主任の
森雪船務長が報告した。
「直ちに波動防壁展開! 第一艦橋要員は戦闘艦橋に移動!」沖田艦長の命令一下、戦闘準備が
進められた。
「島! 近くに星系はあるか?」沖田は命令した。
「あることはありますが、誕生したての星系の様です。 宇宙塵だらけです。」島航海長が報告した。
「よし、その星系に逃げ込む! 但し、ワープで接近する時は細心の注意を払え!」沖田は大胆な命令を
放った。
一歩、間違えれば宇宙塵と「ヤマト」が物質重複を起こして大爆発しかねない行動なのだ。
「これって、ほとんど賭けじゃないですか?」太田三尉は島にコソッと言った。
「その生存確率を上げるのがお前の仕事だ。頑張れ!」島は冷たく言い放った。
「判りましたよ。 思い切りその星系に接近するワープ計算をします。」太田も意地になっていた。
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「ん!」 次元潜望鏡を覗いていたフラーケン中佐は眉をしかめた。
「大将!!どうしましたい。 『ヤマト』の奴、爆沈しましたかい?」副長のゴル・ハイニ大尉が聞いた。
「ハイニ、『ヤマト』がゲシュタム・ジャンプした。
直ぐに、どこに跳んだのか、空間航跡をトレースしろ!!」フラーケンが命令した。
「これは・・・。」探査員の後に行ったハイニは眉をしかめた。
「どうした。 ハイニ?」フラーケンは副長に聞いた。
「へえ・・・。 それが『ヤマト』の奴、ボルト319星系にジャンプしやがりました。」
「なんだって!? あそこは宇宙塵だらけだぞ!まともにジャンプしたら物質重複でドカン!だぞ!」フラーケンは
「ヤマト」のあまりに大胆な行動に舌を巻いていた。
「航宙士が余程優秀か、艦長が大馬鹿なのか、運が良かっただけなのか、とにかくやっかいな所に逃げ
込まれっちまった。 艦長どうしやすかい。」ハイニはお手上げだと言うジェスチャーをした。
「逃がしはせん!! 『ヤマト』はアイツの仇だからな!」フラーケンは物凄い笑みを浮かべた。
孤高の「赤騎士」ー(項了) → 51.次元潜航艦との死闘 (1) へ続く