80. 灼熱のデート・スポット (3)
しかし、脇を見るとバーガー機は殆どイルダ機と同じ高度を取り続けていた。
<クソッ、何で戦闘機と同じ上昇力を急降下爆撃機が持っているんだ!>イルダは焦り始めていた。
確かにツヴァルケは戦闘機だが大気圏内外両用とはいっても、やはり大気の有る所は苦手だった。。
しかし、スヌーカは急降下爆撃機であり、大気圏内専用の設計だった。
それにイルダは気が付いていなかったが、急降下爆撃機は一度、急降下爆撃をすれば攻撃が終わるとは
限らなかった。
何度も敵戦車隊の上を襲う戦い方をする場合も有り得たのだ。
つまり、急降下の次は急上昇するのは当たり前の運用だったのである。
イルダが焦って高度を取ろうとしているのを嘲笑うかの様にバーガーのスヌーカはバンクを打つと
急降下の態勢に入った。
<舐めた真似を!>イルダはスヌーカの後下方に専位すると一緒に急降下を始めた。
この位置ならスヌーカに付いている後部旋回パルス・ガンも死角に入って打てないはずだった。
もっとも、バーガー機には後部銃手が搭乗していないので打たれはしないとは思ったが、イルダはバーガーが
後部旋回パルス・ガンを固定照準で使う可能性を考えての後下方専位だった。
<仲々、頭を使った戦闘をするじゃないか!>バーガーはイルダの戦術が通り一変の物で無い事に感心
した。
<だが、それが油断になるって事も覚えてもらおうか!」バーガーは急降下の態勢のまま、機体を捻って
背面飛行に入ると後部旋回パルス・ガンを使ってイルダ機を射撃した。
しかも固定照準では無く、本来の旋回銃として使い、イルダ機を執拗に追尾、射撃した。
「約束が違うわ! アンタ一人との勝負のはずよ!」イルダは無線で抗議した。
「約束は破っちゃいない! 射撃しているのはガミロイドだ!」バーガーはほくそ笑んだ。
確かにその射撃は通り一変の物でイルダ機には掠りもしなかった。
が、イルダは自分が挑んだのがとんでもない曲者だった事に薄々気付き始めていた、が、もう後には
引けなかった。
バーガーは愛機を背面飛行のまま急降下させ続けた。
その先の地上にメルダがガミロイドに運転させている戦車が土煙を上げて疾走していた。
しかし、戦車の走る速度など、航空機の速度に比べれば這っている様なものである。
たちまち、バーガー機は爆弾の投下範囲まで迫っていた。
だが、爆弾は機体下面に懸荷されていたが機体は仰向けだった。
そのままでは投下出来ない。
だからイルダはバーガーの投弾はまだ先だろうと判断し、スヌーカに対する追尾を続けた。
後部監視モニターに目をやったバーガーはイルダの無謀な追尾に「ヌゥ」と呻き声を上げた。
スヌーカは急降下爆撃専用に造られた機体である。
急降下し、投弾、機体の引き起こしを行うに必要な機体強度と急降下速度制限をするための設計がなされ
ていた。
一番、顕著にそれが判るのは主脚のタイヤは飛行時にカバーが掛るものの、脚柱は固定式になっており、
急降下時に機体速度が上がり過ぎない様、エア・ブレーキの役目を果たす様になっている事だった。
しかし、ツヴァルケは大気圏内外両用の戦闘機ではあっても、そのような急降下速度を制限する装備など
持っている訳はなかった。
バーガーのスヌーカと同じ急降下をすれば、スヌーカが引き起こせる高度でもツヴァルケは引き起こしが
出来ず、地上に激突するのは明らかだった。
「イルダ・ディッツ少尉候補生! 引き起こせ! 今ならまだ間に合う!」バーガーは叫んでいた。
だが、イルダは何が何でもバーガーを撃墜するつもりで追尾を続けた。
もはや、ツヴァルケの急降下制限速度は大幅に越えていた、このままではイルダは墜落死してしまう。
<しょうがないジャジャ馬だ!>バーガーは急降下爆撃のベテランだけが出来る秘儀を見せる事にした。
眼下にメルダが操る戦車が迫って来ていた。
投弾の瞬間が来た。
普通なら機体を通常の急降下に戻して投弾するだろう、しかし、バーガーは背面飛行のまま無理やり
機体を引き起こし、機体が上昇に移る寸前に爆弾を投下した。
さすがに頑丈なスヌーカの機体もこの無理な操縦に悲鳴をあげ、ネジが2~3本吹っ飛んだ。
バーガーが投弾した爆弾は中型の物二発と小型のもの三発だった。
しかし、その五発の爆弾は戦車には当たらず、戦車の後部、少し離れた地上に着弾、大爆発を起こした。
そしてその爆風は急降下制限速度を越え、もはや引き起こし不能になっていたイルダのツヴァルケをも
吹き飛ばし、地上に激突する事を回避させていた。
バーガーはイルダを救出するため、金属破片を生じない様、わざと戦車から照準を外したのだ。
そして、バーガーはイルダ機の無事を確認すると一度、急上昇に移ったが直ぐに機首を下げた。
それは小さなループを描く連続技だった。
バーガーは再び急降下で標的の戦車に迫ると一発だけ残していた小型爆弾を投下した。
今度は戦車の砲塔上部にある乗員用のハッチを直撃し、戦車は外観に全く異常は見られなかったが
内部を徹底的に破壊され、当然、操縦していたガミロイドもスクラップとなり、停車した。
だが、搭乗しているツヴァルケがバーガーの投下した爆弾の爆風で吹き飛ばされ、機体の乱れた飛行状態を
安定させる事に夢中になっていたイルダは勝負がついた事にも気が付いていなかった。
そして、機体の安定を取り戻すと憤怒に燃えて着陸態勢に入ったバーガーのスヌーカに襲い掛かった。
「おいおい、勝負は付いたぜ、お嬢ちゃん。」バーガーはどこまでも負けん気なイルダに苦笑した。
メルダも眉をしかめながら、何処かと通信していた。
「まだ勝負はついていないわ! 私はまだ飛んでいる!」イルダはヘッドアップ・ディスプレイからはみ出す位、
間近に迫ったスヌーカ目掛けて引き金を引き絞った。
しかし、イルダのツヴァルケの機関砲や機関銃は沈黙したままだった。
<アレ?>何度も引き金を引くイルダ、しかし、発砲される事は無く、イルダのヘルメットにメルダの
声が響いた。
「好い加減になさい! 勝負はついたわ。 アナタの負け! これはハイデルン大佐も私も同じ判定よ!」
「お姉ェ、私の機に細工をしたな!」イルダは歯軋りをした。
メルダは妹の往生際の悪さを良く知っていた。
確かに実戦ではその方が生き残れる確率は高くなる。
だが、今はお互いの誇りを賭けた勝負の場、往生際を悪くされてはディッツ家の名誉に係わる。
だから、メルダはイルダが勝負がついた時、まだ戦闘を止めようとしないイルダ機の火器管制装置を
遠隔操作で切れる様に整備員に依頼しておいた。
さっき、メルダが連絡を取っていたのはその遠隔操作を担当している整備員だったのだ。
火器管制装置が死んでしまってはもはや戦闘の続行は不可能だった。
まずバーガー機が着陸、停止した。
しかし、イルダは着陸するための侵入アプローチに入った時、駐機しているバーガー機の上を掠めて
着陸した。
それはまるで特攻機が突っ込んで来たかと思う様な激しい着陸だった。
一同はイルダ機が着陸する時に起こった猛烈な噴射風が収まると顔を上げて驚いた。
バーガー機のV字型尾翼の片方が無くなっていたのである。
直ぐそこに着陸したイルダは右翼端の無くなったツヴァルケのコクピットから身を乗り出しガッツ・ポーズを
して見せていた。
81. 灼熱のデート・スポット (4) → この項、続く