198. ”大義”の”甲冑(よろい)” ー(16)
成文化しながら憤っていた。
停戦の条件は以下の如くであった。
① ガトランティス軍はガミラス帝星の領内から即時撤退し今後、未来永劫に渡ってその矛先を ガミラス帝星に
向けぬ事。
② 配下から独立しようとする部族の行動を妨げない事。 また独立を検討している部族の独立を妨げない事。
③ ・・・ ・・・
延々と続く条文は大帝側の譲歩の連続だった。
サーベラーは丞相と言う地位の職責上、その全てに目を通さなければ為らなかったのだが、その作業は彼女にとって
苦痛以外の何物でも無かった。
<何故、大帝はこんな屈辱的な停戦条項を呑んでしまわれたのだろう・・・。>今まで対等な立場で交渉すると言う事の
無かったサーベラーにはこの条件を呑んだ大帝の心の内は判らなかった。
それは大帝の率いるガトランティスの略奪・生計を認める事である。
テレサはガトランティスの略奪・生計を否定し、星間貿易立国を図りたかったのが本根だったが、いきなりそんな綺麗事を
押し付けようとしても長年、楽をして生計を立てていた人々が力による外交を捨て去る事が簡単には出来無い事を
彼女は理解していたので条文化はしないものの条文の行間に今までの生計の立て方を認める事を感じ取らせる様に
配慮していた。
「・・・以上、これらの条項を我がガトランティス帝国と新生ガトランティス王国の間で結び、双方これを尊重、
厳守するものとする! ズオーダー大帝、宜しいですね。」サーベラーが締結条項を読み上げ読み上げ終わると
大帝の方を向き承認を求めた。
その放漫な態度にガルダ・ドガーラはテレサの傍らで怒りを抑えるのに必死だった。
「良い!」テレサは配下を明るく抑えると大帝の方を見やった。
大帝は見つめるテレサに頷くと満足そうに微笑んだが次にサーベラー丞相に厳しい目を向けた。
その刺すような眼差しにサーベラーは敢えて尊大に告げた。
「この約定は "古への星の海往く船乗りの約定" に基づくもの、更にこの約定を完全な物とするため”輪廻の雷”なる物の引き渡しを申し受けたい。」この言葉に新生ガトランティス王国側の面々は闘志を剝き出しにして抗議しようとした。
それを片手で制するとテレサは口上を述べた。
「ズオーダー大帝殿、停戦条約の締結いたみいる。 さて、先程、丞相閣下が求められた追加条項の件であるが
残念ながら認める事は出来ない。 何故ならこの条約の実効性を保証するものが "輪廻の雷" の威力だからだ。」
テレサはこの条約が王国側が帝国側を脅迫する事で成り立っている事を隠そうともしなかった。
「しかし、帝国側としては一方的に脅しつけられ、不平等な条約を結ばされたとあっては大帝陛下の面子はもちろん、
サーベラー丞相閣下もその立場を失いかねない。 その事を恐れているのであろう?」サーベラーはテレサの
慇懃無礼な態度に心の内で歯ぎしりした。
「我が名はテレサ・テレザート、"愛もて統べる者"、その様な不満を残したまま停戦条約を結ぶ訳にはいかぬ。
かといってこの条約の実効を保証する "輪廻の雷" を帝国の手に渡す事も出来無い。」テレサは交渉の行き詰まりの
問題点を指摘した。
「そんな事は判っておるわ! "輪廻の雷" とやらが渡せないとあらば、そちがその身を持ってこの条約を贖って
見せるか!どうじゃ、そんな事は出来まい!」サーベラーは嘲笑した。
「丞相閣下、その様な事で良いのであればこの身を帝国に委ねる事に妾は何の躊躇も無い、さあ何処ぞなりと連れて行き、幽閉するが良い。」テレサの決断は速かった。
「しかし、 "輪廻の雷" を手にしたままでは何処に幽閉しようが自在に抜け出せてしまう、そんな事は無意味じゃ!」サーベラーは即座に否定した。
「フッ、疑い深い奴・・・。」テレサはそう呟くと自らの甲冑を脱ぐとサーベラーの足元に放り投げた。
「なっ・・・。」テレサのあまりに唐突な行動にサーベラーは二の句が継げなかった。
「この甲冑には生命維持装置が組み込まれている。 従って妾の幽閉先を宇宙空間にすればいくら "輪廻の雷" の力を持ってしてもこれを脱いだ妾は幽閉先を脱出する事は叶わぬ。 どうじゃこれなら帝国側の危惧も無くなるであろう?」
テレサは全裸になっても堂々と大帝の前に直立していた。
「テレサ様! それではこちらが、新王国側が圧倒的に不利になり申す! 貴女様がいてこその新王国です!」
"迅雷" のガルダ・ドガーラが猛烈に抗議した。
「控えい! ズオーダー大帝、サーベラー丞相の御前であるぞ!」テレサはドガーラの顔を見据えると叱責したが、
次の瞬間テレサの目は和らぎ、ドガーラは彼女の真意を受け取って無言で引き下がった。
「大帝閣下、サーベラー丞相殿、妾は "輪廻の雷" を携えたままこの身を帝国にお預け申す。 しかして我が臣下のみ
ならずガミラスを初めとする他勢力は帝国が妾の身を得た事で攻撃的態度に出る事を心配している。」テレサは一度
ここで言葉を切った。
「しかして、大帝陛下、その様な所業をなさらぬ事を "古への星の海往く船乗りの約定"に基づき確約して貰いたい!」
テレサは直立しつつ、胸を反らし、両腕を腰の辺りに広げ自らの身体の全てを隠さずに言った。
その姿にその場にいた一同は声を失った。
<はっ、大帝閣下は・・・。>サーベラーは大帝がテレサの裸身に見入っている姿を想像してしまい、玉座の方を見るのが
憚られた。
大帝も男である、鼻の下を伸ばした顔を晒している事を恐れたのだ。
しかし、大帝は大笑いをするとテレサの行動に感嘆の意を述べた。
「テレサ・テレザート、何と潔い女性(にょしょう)よ。 ここまでやられては腹も立たん、笑うしかあるまい、
のうサーベラー。」大帝は一段下に控えた丞相に声を掛けた。
サーベラーは大帝の意を酌むと部下が用意したポンチョ様のドレスをテレサに差し出した。
テレサは能面の様な表情のままそれを受け取ると頭から被った。
「なっ、これは!」ガルダ・ドガーラやボ・ルドウ達、テレサ側の側近達は屈辱に色めき立った。
何故なら渡されたドレスは極度に布地が薄くテレサの裸身は殆ど隠し切れない物でしか無かったのである。
テレサの側近達は大帝が主人を晒し者にしようとしていると受け取り怒りを露わにしたのだった。
<しめた!>サーベラーはテレサがドレスを着用したのを確認すると手の内に隠し持った小さなリモコン・スイッチを
押した。
しかし、何も起こらない、彼女は焦ってリモコンを眼前に持って来てテレサに渡したドレスを拘束衣に切り替えるボタンを
連打したが何も変わらなかった。
「見苦しいぞ! サーベラー。下がれ!」大帝の叱責の声が飛んだ。
「はっ。」サーベラーはリモコンをマントの内に隠すと大広間から退いた。
<大帝、喰えない男だ。妾に拘束衣を着せようとしたのは自分のくせに、その試みが失敗すると部下に責任を
押し付ける、典型的な独裁者のやり方だ。> テレサは大帝の支配者としての器の大きさを見誤っていたと感じた。
<くそっ、テレサ・テレザートは空間跳躍の技を持って電磁波の遮断も出来るのか!>サーベラーは歯軋りしたが実際は
テレサといえどその様な事が出来るはずも無く、ドレスを受け取った時 "輪廻の雷" から大電流を導き出してドレスに
仕込まれた変形回路を焼き切っただけの事であった。
しかしテレサの空間跳躍の技の数々を見せつけられているガトランティス側は勝手にこれも空間跳躍の技の一つと
誤解したのである。
その事に期が到来した事を感じたテレサは大声で宣言した。
「方々、妾の力をこれで充分に認識された事であろう、妾ごとこの力を封印する事は帝国、新王国のみ成らず、
ガミラスにも平和をもたらす物じゃ!」テレサは大胆に大帝を指差した。
<テレサ様、本当にこれで良いのですか?> "迅雷"のガルダ・ドガーラは自ら幽閉の道を選んだ主人の心が
解らなかった。
<姫、脱出するなら今ですぞ!>旧侍従長ボ・ルドウもテレサの真意が解らなかった。
<爺、ドガーラ、そなた達なら今は解らなくとも必ず解ってくれると信じておるぞ・・・。>テレサは最早ドガーラやルドウの方を見やりもしなかった。
だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「ヤマト・・・。」それは誰にともなく語られた。
「え? ヤマッテ・・・?」サーベラーが問い返した時テレサは既に謁見の間から姿を消していた。
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