204.疾風の漢(おとこ)ー(1)
笑った。
「奴らは自殺する気かのう! これだけの戦力差を物ともしない武勇は買うが、何の工夫も無く突っ込んで来るだけとは
武人としては落第じゃな。」司令官は副官を見て顎をしゃくった。
確かに彼の目算は当たっていた。
ゴトランド・ゴース艦隊は戦艦十隻、巡洋艦五隻、駆逐艦二十隻、その他補助艦艇数隻からなる大艦隊なのに比べ、
ガミラス艦隊は中型輸送艦一隻、駆逐艦二隻の小艦隊、しかも艦隊の構成艦艇からしてこの艦隊が輸送艦と
その護衛・駆逐艦からなる戦闘を目的としないものである事は明らかだった。
「敵艦隊に異常! 艦隊の規模が数倍に膨れ上がりました!」探知主任が驚いた様に声を上げた。
「そんな馬鹿な! 敵艦隊を拡大投影せよ!」司令のゴアン・アルトムは歴戦の戦士らしく落ち着いて現状を捕まえ、
正しい判断を下そうとした。
スクリーンに映った敵艦隊は最初に探知した時と同じく駆逐艦二隻と輸送艦一隻だった。
しかし、歴戦の戦士は何かとてつもなく嫌な予感に眉をしかめた。
「敵艦隊の周りに何かデブリの様な物が見えないか?」旧式な単眼望遠鏡でスクリーンを見つめたアルトムは
探知主任に問いかけた。
「光学探知では何も異常が発見出来ないのですが、アクティヴ・電磁波・探知では艦隊の規模が
どんどん膨れ上がっています。」探知主任は事態が理解出来ないのか、言葉を濁した。
「こちらの駆逐艦を接近させて敵艦隊の情報を取れ!」 現状が不明のままでは艦隊の士気が下がってしまう!
これは艦隊司令の沽券にかかわる事なのだ。
「偵察に出た駆逐艦からの映像が入りました。 こ、これは・・・。」情報士官の声が上ずった。
「何がどうした! はっきり報告するのじゃ!」アルトムは焦れて情報士官の手元の小スクリーンを覗いた。
「むう・・・。」彼もまた情報士官と同じく言葉に詰まってしまったがその映像を艦橋の大スクリーンに映し出させた。
艦橋にいた全員が同じく言葉を失った。
そこに映し出されていたのは輸送艦が積載していたと思われる無数の大型魚雷が群れをなしてガミラス艦隊を
包み込み、更にはゴトランド・ゴース艦隊に向けてその矛先を向けようとしている姿だった。
抜けて来る敵魚雷は近接火器で撃ち落とせ!」アルトムの命令は簡潔だった。
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「それは命令ですか。」フラーケンは上司であるガル・ディッツ提督の目を正面から見つめた。
「そうだ、嘘偽りの無い大本営からの転属命令だ。」ディッツ提督はフラーケンの気持ちが痛いほど判っていた。
「貴様がラング少佐の転属に反対する気持ちは判る、有能な副長を失うのは貴様にとっては手足をもがれるに
等しいからな。 しかし・・・。」フラーケンはディッツに最後まで言葉を紡がせなかった。
「あいつが二等臣民だからですか? この配転はどうせ大本営上層部が彼の出自を気に入らなくて危ない最前線に
飛ばして始末しようと考えての事でしょう!違いますか!」フラーケンは誰に対しても斜めに構えて対していたが
性格自体は一本気だった。
フラーケンの無礼な振舞いにディッツ提督は僅かに眉をしかめたが、次元潜航艦ドックの暗闇に目を移すと
フラーケンに背を向けて独り言の様に呟いた。
「確かに大本営の上層部はエーリク大公時代を懐かしむ貴族主義者で占められている・・・。」提督は溜息と共に語った。
また、大本営に勤務する者で貴族出身者で無い者は純粋ガミラス人である事だけを心の拠り所にして居る者も多い・・・。
だからヴァルス・ラング少佐が二等臣民、ザルツ人の一員であっても、彼が大きな戦績を積み上げるとそれを
評価しなければならなくなる事を不快に思っている輩がいるのだ。
人事権を持つ者の心の狭さが許せなかったがかつてはフラーケン自身もまた勇猛さで名を轟かせるザルツ人を最後まで
抵抗しなかった腰抜けの集団と評価いていたのだ、しかし実際に出会ったザルツ人、ヴァルス・ラングは彼の予想を
超えた漢だった。
次元潜航艦学校での練習艦沈没事件しかり、実戦ではUX-01の副長としてフラーケン艦長を支えた件しかり、
アッカイラでのガミラス初となる対次元潜航艦戦での活躍しかりである。
いずれの場面もラング無しでは切り抜けられない物ばかりだった。
だからフラーケンとしてはラングが転属になって自分の元を離れるのは辛かった。
だが、ラングはヴァルツ・ラング少佐は淡々とその命令を受け入れた。
フラーケンはラングが何故そんなに簡単に転属命令を受け入れるのか解らなかった。
しかし、フラーケンの問いにラングは「自分はザルツ人ですから・・・。」と僅かに嗤っただけだった。
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「ゴトランド前線基地到着はガミラス標準時20:00(フタマルマルマル)です。」
ガミラス航宙駆逐艦 ZR-101の副長は艦橋の中央に仁王立ちしている艦長に報告した。
「宜しい判った、カウト君、有難う。ゆっくり休めたかね。」艦長は報告した副長を労った。
「有難う御座います、艦長。非番、ゆっくり休まさせて頂きました。 しかし間も無く入港ですので艦橋に上がりました。」
副長が艦長に微笑み返した。
「前線基地からの接岸ビームを捉えました。進路との誤差ー5度。進路修正します。」航宙士が舵を操ったがその腕前は
熟練したものだった。
ガミラスはここを拠点に艦隊をこの星系の文明活動領域である内惑星系に派遣し、この星系国家の政府に圧力を掛けて
いるのだ。
しかし、ゴトランド側も決して無抵抗な訳では無く、ゴトランド・ゴース艦隊を星系各地に派遣し、ガミラスの侵攻を頑強に阻んでいた。
彼等の使う艦艇は何と言うか、『硬い』のだ、破壊出来た艦艇の残骸を調査してみても特にガミラス艦と大きく違うところは見られなかった。
「敵さんは『ダメ・コン』に勝れている様だな。」この宙雷戦隊を預かる事になったヴァルス・ラング少佐は独白した。
「艦長、『ダメ・コン』はダメージ・コントロールの事ですよね。 ビーム兵器全盛のこの時代、『ダメ・コン』なんて間に合う
ものですか?」副長は艦長の言葉に疑問を持った。
「死にたく無ければ出来る事は全て遣り尽くす、それが私の居た次元潜航艦隊で学んだ事だ。」ラングは当たり前の様に
その信条を口にした。
「ゴトランド・ゴースの艦艇・乗組員はその『ダメ・コン』に勝れていると言う訳ですか?」副長はラングに畳み掛けた。
「判らん! 私はただ、装備面(ハード)に差が無いのに防御力が強いのはその装備を運用する乗員(ソフト)が
優れていると考えただけだ。 さて接舷が済んだら一度、司令部に上がるぞ! 今回の作戦とそれに参加する我々の
任務について良く聞いておかねばな。」ラングは小さいが一艦隊の指揮官であった。
司令部に着くとラングとその幕僚達は会議室に通された。
そこには初老の高官が一行を待っていた。
「、第112護衛駆逐宇宙艦艦隊、ヴァルス・ラング少佐、作戦スタッフと共に着任いたしました。」初老のガミラス軍人は
無表情のまま、ラングの敬礼に答礼した。
ラングの隣で敬礼していた副長の後ろに並んでいた情報長はその無表情さが気に入らなかった。
<この司令も俺達がザルツ人なのが勘に触ったのかな・・・。>まだ若い情報士官はこれから先の任務に不安を
感じていた。
しかし、司令は敬礼が済むとニコッと微笑むとラングの手を両手で握って言った。
「ヴァルス・ラング少佐、次元潜航艦隊での活躍、聞いておるよ。 しかもあの悪名高きヴォルフ・フラーケン中佐の手綱を
執っての戦果だ。 今度の船団護衛の任務も難なくこなしてくれると期待して居るよ。」次元潜航艦隊の任務は当然秘密
(特にアッカイラの対次元潜航艦戦は極秘)であり、辺境の前線基地にまでフラーケンはともかく、ラングの名が
知られているのは驚きであった。
「入るぜ!」一際大きな声で呼ばわりながら一等ガミラス人の将校がやはり幕僚団を引き連れて会議室に入って来た。
彼等は先に入室していたラング達の前に割り込んで基地司令の前に立つと着任の報告をした。
「第11輸送船団司令、フォムト・バーガー中尉、第六機甲師団向けの補給物資を受け取りに参りました。」
フォムト・バーガー中尉と名乗った若い一等ガミラス人将校は横目で見下す様にラング達を見つめた。
基地司令はバーガーの無礼な行いにさすがに怒りを感じた様だった。
「フォムト・バーガー中尉、上官の着任申告に割り込むとは良い度胸だ。
しかも、彼はザルツ人とはいえ次元潜航艦隊のエースだ、みくびってはいかん!
さらにラング司令の階級は少佐、君よりも二階級も上となる。
従って第11輸送船団の司令は君、フォムト・バーガー中尉だが、君達を護衛する第112護衛駆逐宇宙艦艦隊の司令、
ラング少佐が今回は輸送船団、護衛艦隊を合わせて指揮をする事になる。 心して任務に当たりたまえ!」
基地司令の言葉を聞いたバーガー中尉は信じられぬと言う顔をしてラングの顔を見た。
205.疾風の漢(おとこ)ー(2)この項 続く