6.大型戦艦の配備
「閣下!来ましたぞ! あそこに見えます。」 シュルツはレッチェンス大将に告げた。
冥王星前線基地の司令室のスクリーンにはもうその姿は明確に映し出されていたが、展望室にいるレッチェンスの肉眼にはまだ一粒の光点にしか見えなかった。
しかし、百戦錬磨の戦士であるレッチェンスにはそれだけで充分だった。
「総司令部め・・・。 やはり、わしの要求を無視しおったわい。」そう呟くと下の司令室で大型戦艦の勇姿に感動しているシュルツ大佐とガンツ中佐を見て溜息をついた。
大型艦が配備されるのは嬉しい事だとレッチェンスは思ったが同時に用兵を軽んじる総司令部には不満を抱いた。
そうしている内に大型戦艦は展望室の真近にまでやって来た。
逆噴射をかけつつ、減速したその巨体にレッチェンスは思わず感嘆の声を上げた。
流麗な曲線に彩られつつ、多数のミサイル発射管を持ち、駆逐型デストロイヤーとは比較にならない
大口径の三連双主砲塔を三基、駆逐型デストロイヤーと同威力の副砲塔を四基備えたその戦力は
絶大なものだったからである。
「こいつの同型艦がもう一隻あれば強力な戦隊が組めるものを・・・。」レッチェンスは一人ごちた。
「レッチェンス様! 大型戦艦がドックに入りました。 早速視察なされますか?」ガンツ中佐がスクリーンから
目を離し、上の展望室にいるレッチェンスの方を向き直して言った。
ガンツは自分が大型戦艦の副長になれると思い、意気込んでいた。
「視察するのは良いがお前はこの戦艦には乗り込ませないぞ。」ガンツの心を見透かしたレッチェンスは言った。
「で、では副長はシュルツ大佐ですか?」残念そうに返すガンツ。しかし、レッチェンスはニヤリと笑って
シュルツ大佐の方を見た。
「シュルツ大佐、君には従来通り、この前線基地の司令を担当して貰う。」
「ではご自身が艦長を?」シュルツは不満そうに言った。
これだけの強力艦だ。大将は自分の物にしたいのだろう。と思ったのだ。
しかし、レッチェンスは二人のそうした思いも見抜いていた。
「シュルツ君。この艦の乗員を選んで訓練して置きたまえ。 この艦が必要になるその時までに・・・」
「と申しますと?」シュルツは怪訝な顔をした。
「大型戦艦は君にやる、と言っているのだ。」
「はあ?」シュルツとガンツは顔を見合わせた。
「幸い今、相手にしている地球艦は駆逐型デストロイヤーで充分相手に出来る。
また、間も無く行う予定の木星圏掃討作戦までには大型艦の乗員訓練は間に合わない。
太陽の大活動期が迫っている、木星圏掃討作戦はその前に済ませたいのだ。
そして一番重要なのはこの艦が一隻しかないと言う点だ。
最低もう一隻はいないと戦隊は組めない。 戦隊を組めない戦艦は幾ら強力でもハリコの虎だ。
性能の劣った艦と戦隊を組んでも性能の低い艦に合わせた戦い方しか出来ない、それでは折角の
大型戦艦も宝の持ち腐れだ。
それに、今、必要なのは通商破壊戦に使える巡航艦だ。
だから、わしは本星に重巡十二隻の増強を要請したのだ。
しかし、大型戦艦一隻で済まされてしまった! わしも随分と舐められたものだ。」レッチェンスは自嘲した。
「しかし、このまま済ます訳には行かん!シュルツ君、護衛に付いてきた軽巡四隻を差し押さえろ!
通商破壊戦に廻すのだ。」レッチェンスは吼えた。
「では、木星圏侵攻作戦には大型戦艦は使わないお積もりで・・・。」シュルツは驚いた。
「そうだ。侵攻作戦は従来艦だけで行う。全艦隊を三グループに分け、二グループはわしが率いて正面から
攻撃する。
残りの一グループは遊撃隊を組織する、ガンツ、君が指揮しろ!」
「私がですか?」ガンツは驚いて自分の顔を指差した。
「そうだ、ガンツ、君の努力が報われる時だぞ。 シュルツにはここに居て後詰を頼む。
もちろん大型戦艦を一日も早く運用出来る様、乗員の訓練は続けていてくれ。」
レッチェンスはガンツが日頃、暇を見つけては木星圏の侵攻作戦を彼なりに研究していたのを知っていたのだ。
そしてまた、レッチェンスは士気に係わるので心に秘めていたが、一隻しか無い大型の強力戦艦の使い道は
撤退作戦での殿軍だと決めていた。
だが、そのレッチェンスでさえ、そんな事態が実際に起こるとは露ほどにも考えていなかった。
**********************************************
「首相、先月落下してきた隕石は人為的な攻撃だった事が判明しました。」防衛大臣が報告した。
「例の異星人の仕業か? 勝てる保障はあるのか? 被害が少ない内に降伏した方が良いのではないか?」
首相は防衛大臣に戸惑った様な顔を見せた。
防衛大臣は<この人ではだめだ・・・。 「箱舟」計画は打ち明けられない・・・。>と直感的に思った。
今回の侵略が最悪の展開となった場合、出来るだけ多くの人員や生命を地球から脱出させる
真にノアの「箱舟」と呼べる計画が密かに始められていた。
しかし、この計画の内容が漏れると市民の間にパニックが広まる恐れがあり、実行寸前まで絶対に
その存在すら知られてはならなかった。
まだ、計画の段階で規模や予算など全く決まっていなかったが、どんな最悪の事態となっても
人類と地球生命の火種を絶やさないと言う強力な意志の基、「箱舟」は動き出そうとしていた。
ー「箱舟」計画が浮上、ヤマト発進まで2,622日ー