7.木星航路防衛戦の始まり
一人の少女がフィギャア・スケートの練習をしているのだ。
しかし、少女は世界選手権で使われる難易度の高い技を次々と信じられない様な高速で繰り出していた。
リンクの縁にはもう一人の少女の姿があった。
その顔は微笑んでいたが、その目からは涙が一筋、頬を伝って流れていた。
<フレイア、思い切り滑りなさい。 次はいつ滑れるのか、判らないのだから・・・。>フローラーは心の中で
言った。
<姉貴は良いよなぁ。 元々軍人なんだから・・・。 航宙士免許を持っているだけで無理やり軍人にさせられる
こっちの身にもなってみろよ!>正確にトリプル・アクセルを跳びながらフレイヤは毒づいた。
<文句は後で聞くから今は悔いの無い様、思い切り滑りなさい。>フローラーは妹の滑走を感慨深げに
見詰めながら思った。
フローラーとフレイアのライニック姉妹は冬季オリンピックの華であり、ドイツの誇りだ。
フローラーはバイアスロンの選手、フレイアはフィギャア・スケートの選手だった。
しかし、ガミラスの侵略はオリンピックの開催を不可能にしていた。
そして2192年9月には地球ー木星航路でガミラスが通商破壊を始め、地球に入ってくる資源やエネルギーに
影響が出始めていた。
そのため、スポーツ施設など不急の施設は次々と閉鎖されていった。
フレイアがミュンヘン市のスケートリンクで滑っていたのもこのスケートリンクが今日を限り、閉鎖されるから
であった。
また、ルフトハンザ・ドイツ航宙の最年少機長でもあるフレイアは他の航宙士免許を持つ同僚と共に
ドイツ艦隊に編入されてしまったのだ。
今は無心となって滑走に集中する妹の姿にフローラーの心は痛んだ。
そして、こうしたささやかな幸せを情け容赦無く奪うガミラスに対して怒りを覚えた。
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<どこまで続いているんだろう・・・。>フローラーはこれから護衛してゆくタンカーの脇を進んで先頭に出ようと
していた。
彼女が指揮する駆逐宇宙艦Z-14の左舷には全長3kmはあろうか、1隻300m位のユニットが10隻繋がって
いるのだ。
その先頭のユニットのみ有人になっている。
その有人ユニットの艦橋、とはいっても航空機型の艦橋の窓には航宙士の姿が二人見えた。
地球ー木星航路が開設され、地球がエネルギーや資源を木星に頼る様になってもう50年が経とうとしていた。
その間に船の信頼性は上がり、今では船長と航海士、副長と副航海士の4人で12時間交代勤務で済むのだ。
しかし、今、ガミラスは地球経済に打撃を与えるべく、この地球ー木星航路を航行する輸送船やタンカーを
攻撃して来た。
各国、各勢力、とも自分の所の輸送船は自分の軍艦で守るのが精一杯だった。
米ソは土星会戦で多くの艦艇を失っていたが、持ち前の工業力で護衛艦隊だけは復旧させていた。
フローラーが護衛するのは当然、ドイツのタンカーだ。
<姉貴、よろしくな。>フローラーの脳の中にフレイアの思考が響いた。
フローラーの指揮する第3護送艦隊、4隻がの護衛するタンカーの副船長はフレイアだった。
<まあ、木星からの帰りだけ心配すればいいんだけどな。>
<そうね、 空荷のタンカーを襲うとは考え難いわね・・・。>一応、賛同したフローラーだったが、
何か一抹の不安を覚えた。
「コントロール、標準時16時、タンカー『ジークフリード』木星に向かい、発進します。」船長が管制官に告げた。
地球衛星軌道上にある航宙管制センターの管制官はタンカー『ジークフリード』及び第3護衛艦隊の出航を
許可した。
<さて、俺は次の直だから一休みするわ。 護衛の方は頼んだぜ。>フレイアの思考がフローラーの
頭の中に響いた。
<全く、もう、こっちは直を組めるだけの人員の余裕はないわ。 軍艦は辛い・・・ってとこかしらね。>
フローラーがぼやいて見せたが、実際には幾ら軍艦でも人が動かしている以上、休息は必要だった。
先程、フレイアが言っていた様に、地球→木星間で襲われる確率は低い。
だから、自動航行装置(オート・パイロット)を使って1隻を残して全員、仮眠を取る事になっていた。
しかし、フローラーはどうしても不安を拭い切れず、自分の席で仮眠を取る事にした。
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船団が火星軌道に入ろうとした時である。
当直だった駆逐宇宙艦Z-15から警報が入った。
艦長席で仮眠を取っていたフローラーは直ぐに身を起こすと状況報告をさせた。
「識別表によるとガミラス巡航艦2隻が1時の方向から接近して来ます! 距離1万5千!」
Z-16は反物性ミサイルの発射許可を求めて来た。
しかし、フローラーはそれを許可しなかった。
代わりにZ級駆逐宇宙艦の主兵装である6インチフェーザー砲の全艦リンク射撃の準備をさせた。
「敵との距離、1万を切りました。 あっ! 敵艦発砲!」観測員の悲鳴が走る。
フローラーの乗るZ-14のブリッジの脇を極太のフェーザー・ビームが擦過する。
Z-16は敵のフェーザー・ビームに第3砲塔をもぎ取られていた。
我慢しきれなくなったZ-16は単独で残り2門のフェーザー砲を敵に向けて発射、ビームは敵艦ブリッジ下の船体に命中した。
しかし、6インチと比較的小口径のフェーザーはガミラス艦の厚い装甲を破れず、弾かれてしまった。
「戦隊長! フェーザーは効きません! やはり反物性ミサイルを!」副長が進言した。
「黙って!」 射撃管制員の席を占領したフローラーはモニター上に写しだされたガミラス艦のブリッジに
照準環(ピパー)を合わせた。
そして、戦隊全艦の射撃リンクが成立しているのを確認すると冷静に引き金を引いた。
Z級の駆逐宇宙艦のフェーザー砲は6インチ単装砲塔3基だ。(但し、今回Z-16は砲塔を1基失っていたが・・・。)
1戦隊4隻、11条のビームがガミラス巡航艦のブリッジに集中した。
被弾したガミラス巡航艦がよろめいた。
明らかに乗組員に損害を与えたのだ。
するともう1隻のガミラス艦が被弾した僚艦に至近距離からビームを浴びせた。
6条の大口径フェーザー・ビームに貫かれたガミラス艦は木っ端微塵に吹き飛んだ。
被弾して損害を受けた僚艦を始末したガミラス艦は反転すると宇宙の闇に消えていった。
「恐ろしい奴等ですね。 仲間を何の躊躇いも無く始末するとは・・・。」副長がフローラーに言った。
<面白くはないが、ガミラス艦が傷ついて航行不能になった僚艦を始末したのは当然だな。>フレイヤの思考が
割って入った。
ガミラスと地球のテクノロジーは微妙なバランスを保っていた。
ガミラスはワープなど様々なオーバー・テクノロジーを持ってはいたが、地球がそれを理解出来ない訳では
なかった。
特に波動エンジンなど、もし、無傷で地球側の手に渡ったら一気に態勢を挽回されないとも限らないのだ。
<そうね・・・。立場が違えば私達でも遣らざるえなくなる場合があるかもね・・・。>フローラーは戦争の
持つ理不尽さが許せなかった。
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木星が眼前の視界を埋め尽くす程の距離まで船団は接近していた。
<結局、あれ以上の攻撃はなかったな。 姉貴の腕に恐れをなしたのかな?>フレイアがちゃかした。
しかし、フローラーは別の事を考えていた。
何故、ガミラスは空荷で身軽な往航時の船団を襲って来たのだろう?
タンカーや輸送船が満載で動きが取れない復航時に襲撃した方が効果が上がりそうなものなのに・・・。
フローラーは「はっ」と気付いた。
<なんて悪賢い・・・。>ガミラスの戦略を指揮しているのは相当な知恵者だと思った。
確かに復航時に襲う方が襲撃の効果は上がりそうに思える、しかし、地球側の兵器で確実にガミラス艦を
仕留められるのが反物性ミサイルだという事を考慮すると事情が変ってくる。
ドイツのZ級駆逐宇宙艦以外の各国の駆逐宇宙艦は主兵装が反物性ミサイルでフェーザーは5インチと
小口径である。
フェーザーではなく、レーザーを積んだ旧式艦も多い。
フローラーが行ったフェーザー主体の戦闘は出来ないのである。
だから、往航時に襲撃して護衛艦の反物性ミサイルを消耗させてしまえば、復航時に地球の護衛艦の武装は
無いに等しいものになるのだ。
これでは復航時の襲撃はガミラス艦の思いのままになってしまう。
往航時の空荷の輸送船に出来るだけ多数の反物性ミサイルを積んで木星プラントに備蓄しておく必要が
ありそうだ。
フローラーは木星プラント到着後に総司令部に戦闘報告と共にミサイル備蓄の提案をする事にした。
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復航時の航行は案の定、ガミラス艦隊の襲撃が絶え間なく行われた。
多分、往航時に撃破した艦隊の残存艦からの情報に基づくものと考えられた。
今度はワープを使った一撃離脱(ヒット・エンド・ラン)戦法での襲撃だった。
多分、ガミラス艦は、こちらの探知外に遊弋していて、こちらの位置を特定し、小ワープで接近してくるものと
思われた。
フローラーはドイツ艦隊本部に早期警戒システムを積んだ艦艇が近くにいないか、問い合わせた。
復路上には該当艦はいなかったが、往路上には日本艦隊の『たかお』がいた。
この巡航宇宙艦は2165年進宙の旧式艦だったが8インチ連双フェーザー砲塔を5基装備と強兵装だった。
そこで、2基の砲塔を降ろし、代わりに初期のコスモ・レーダーを積んで早期警戒艦に改装されていた。
日本は第2次大戦で早期警戒の失敗で破れた戦いを幾つも経験しており、それ以降、早期警戒システムの
充実には力を入れていたのだ。
「たかお」の艦長は窮状を訴えるフローラーの要求をすぐさま聞き入れてくれ、タンカー『ジークフリード』の
周辺の空間を走査した。
果たせるかな、タンカー『ジークフリード』の船団の左舷、3万宇宙キロの所をガミラス艦3隻が平行して航行
していた。
<こっちが手の出せないと思ってこれ見よがしに遊弋しやがって!>フレイヤが切れた。
<いやどこにいるか、判れば対処の方法もあるわ。>フローラーは微笑んだ。
第3護送艦隊は既に1隻の護衛艦、Z-16を失っていたが、フローラーは相手の挑発に乗せられる事なく、
反物性ミサイルはまだ充分持っていた。
「フレイア少尉、反物性ミサイルの推力を絞って最後は慣性力で敵艦隊に届かせる軌道計算プログラムは
組める?」
「そうね、ざっと見積もっても到達時間は1時間位かかるわよ。」複雑な軌道計算をフレイアは暗算で
概算数値をだした。
「いいじゃない。直ぐに計算データをこちらに頂だい。 護衛艦Z-15は残りの反物性ミサイルを全部、
そのプログラムで発射。
護衛艦Z-17は本船団右舷、1000宇宙キロの所をこちらと平行に慣性航行させる様にミサイルをプログラムして発射して! もちろん、全弾よ!」
直ぐに命令は実行され3発のミサイルが獲物を待ってひっそりと船団から1000宇宙キロの所を平行して
慣性航行し始めた。
「戦隊長、 罠をはるんですね。 しかし、次のワープで右舷に出現するとは限らないのでは?」副長が
疑問を口にした。
「本船団は間も無く火星軌道に入る、しかも今、ガミラス艦の遊弋している付近は火星の衛星、ダイモスの
軌道と重なる、否が応でも位置を変えなければならないわ。
ガミラス人の心理は判らないけど、地球人と同じなら、確実にダイモスの軌道を大きく避ける方法をとるわ。」
<その予想が外れたらどうするんだよ?>フレイアが思考で聞いてきた。
<当たるまで待つだけよ。>フローラーさらりと言った。
それに火星軌道より地球よりの宙域はまだまだ地球の勢力圏内だった。
すでにフローラーからの救援要請は火星基地に届いており、ガミラス艦といえども長居出来る状態では
なかった。
「『たかお』から入電! ガミラス艦が3隻とも消失しました。 小ワープに入ったものと思われます。!」通信士が
叫んだ。
全員が右舷を見た。
フローラーの予測どおり、ガミラス艦は右舷に出現するとすぐさまフェーザーを打ちかけて来た。
今までの襲撃ではガミラスは護衛艦をまず始末しようと護衛艦隊に攻撃をかけてきたが、今回はタンカーを
目標にして来た。
タンカーは全長3000m、全幅200mの巨体である。
たちまちガミラスの全ビームはタンカーの巨体を貫いた。
しかし、装甲板もない、酸化剤も積んでいないタンカーはビーム直径の穴が開くだけで積んでいるメタンガスが漏れ出すだけだった。
しかも、300mX200mのユニットを10個繋いで1隻になっているタンカーを始末するには全ユニットに穴を開ける必要があった。
護衛艦の妨害さえなければタンカーに平行して航行しながらフェーザーを浴びせ続ければ直ぐに済む
簡単な任務だったが、護衛艦がいる以上、自らが固定目標になってしまうこの方法は使えなかった。
だが、火星基地からの応援を気にするガミラス艦隊は焦っていた。
今までの一撃離脱戦法をやめ、2隻が護衛艦を引きつけ、1隻がタンカーを攻撃する作戦に切り替えてきた。
しかし、これこそ、フローラーの狙っていた状況だった。
予め戦闘予想空域に放っていた反物性ミサイルはガミラス艦を探知すると自動で追尾し始めた。
護衛艦とタンカーに注意を引き付けられていたガミラス艦は密かに追尾してくる反物性ミサイルに
気付かなかった。
そして、最後尾にいたガミラス艦は3発の反物性ミサイルを機関部に受け、爆沈した。
残りのガミラス艦は驚いたが、すぐさま退避に入った。
しかし、新たなワープ目標を設定している暇などあろうはずもなく、待機位置に戻るプログラムを使用せざるを
得なかった。
そしてこれこそ、フローラーが仕掛けた罠の本命だった。
船団左舷の遥か彼方に光点が灯った。
「ミサイル命中!」船団各艦の艦橋は歓声に包まれた。
しかし、フローラーは起こった爆発が予定していた爆発より大きかった事に不審をいだいた。
だが、その疑問は『たかお』からの通信ではっきりした。
フローラーが仕掛けた浮遊ミサイルとその空間に戻ってきたガミラス艦が同じ空間を占めたのである。
物質重複・・・それはこの宇宙で考えられる最大最強の爆発だった。
爆発したガミラス艦は原子レベルどころか、光子になって飛散した。
もう1隻残ったガミラス艦は至近距離でその爆発に巻き込まれた。
地球艦だったら誘爆していたかもしれない。
しかし、堅牢な構造のガミラス艦はその爆発に良く耐えた。
とはいっても、中破してしまったのか、戦闘継続を断念してワープして消えていった。
「今度は『たかお』の探知範囲内にはもはや存在しないそうです。」通信士が報告した。
<どうだい、俺の軌道計算は大したもんだろう!>フレイアの得意げな思考が響いた。
しかし、フローラーの頭の中には別の思考が渦巻きはじめていた。
ガミラス通商破壊艦、猛威を揮い始める。 ヤマト発進まで2603日