36. 漢(おとこ)の艦(ふね) (2)
パイロット・スーツは脱がされ、男もののランニング・シャツとズボンに着替えさせられていた。
そのシャツの胸にはヤマトの官給品である証の様に錨のマークが入っていた。
何んとも粗末ななさけない格好だが、メルダ自身は「ヤマト」を訪れた時の凛とした気高さを
少しも失っていなかった。
独房のベッドのメルダから少しはなれた位置に腰をおろした古代は言った。
「メルダ・ディッツ少尉、君を尋問しに来た。」 メルダは即座に応えた。「メルダ・ディッツ、階級は少尉、認識番号3817529.」
古代は苦笑いした。 「昔、観た映画にもこんな場面があったっけな・・・。 あれ、そういえば君の星にも映画は
あるの?」
<何を言ってるんだ、この男は?>メルダは古代の問いには答えなかったが、心の底では古代に対して
妙な親近感を抱き始めていた。
古代はメルダの尋問を始めた。
「君の母星、ガミラス星の位置を教えて欲しい。 我々は無用な戦闘を望んでいない、だから、ガミラス星を
避けるために知りたいんだ。」
「私の名前はメルダ・ディッツ、階級は少尉、認識番号3817529.」メルダは同じ言葉を繰り返した。
古代は急に話題を変えた。
「君の母艦、『EX-178』の艦長は立派な軍人、いや『漢』だった・・・。」古代は遠い目をした。
「私の名前はメルダ・ディッツ、階級は少尉、認識番号3817529.」メルダは再び同じ言葉を繰り返した。
「いや、これは尋問じゃない。 ぼくの想いだ。 彼も憎い敵の一人だった・・・。
でも、ぼくはあんな『素晴らしい漢らしい漢』に出会った事はない。」
「しかも、彼は、ラング艦長は沖田艦長との『漢と漢の約束』を守り通して味方の艦隊の砲火に散った・・・
残念という他はない・・・。」
古代の頬に涙が一筋流れたのを見たメルダは驚いた。
<卑怯なテロン人の間でも『漢』は絶大な評価をされるのだ。>メルダは意外な発見をした思いだった。
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<ヴァルス・ラング中佐・・・。>メルダは「EX-178」での短かったが興味深かった旅を思い出しいた。
メルダは「EX-178」には配属された訳ではなく、銀河方面第707航空団へ転属するための乗艦だった。
それまでメルダは本国の防空隊はおろか、最前線での激闘を何度も経験し、エースにまで成長していた。
だが、彼女がそこに見たものは一等ガミラス人と二等ガミラス人の間の不協和音だった。
普通、一等ガミラス人達は二等ガミラス人を軽蔑し、信用していなかった。
彼女の見た二等ガミラス人達もまた必要最低限の事も満足に出来ない怠け者ぞろいだった。
この前まで彼女のいた空母でも一等ガミラス人と二等ガミラス人の居住区画は厳重に区分され、パイロットは
全員、一等ガミラス人、二等ガミラス人は機体整備や、補修、空母の運用に必要な雑務に当たっていた。
そして空母の推進機関の管理や、航法、探知通信システムなどの重要な任務は全て一等ガミラス人が
握っていた。
メルダの居住していた区画から格納庫に出るまでの通路には一部、二等ガミラス人の居住区を通らねばならないところがあったが、彼女はそれが不快でたまらなかった。
難破船の様にカビだらけの壁、何年も掃除されていない床は彼女の靴底に軽く粘着して嫌な音を立てた。
酒瓶が転がっている事すら珍しくなかった。
彼女が格納庫に上がるという事は出撃命令が出ているからである。
一刻も早く出撃しなければならない、しかし、この艦では武装やエンジンなど重要な部分はパイロットが自分で
再度点検しなければ危なくて出撃どころではない事をメルダは上官から聞かされていた。
<エンジンは・・・、よし! 機関砲は・・・?>メルダは舌打ちした。 機首の30mm機関砲の弾丸が補充されて
いなかったのだ。
残りは2門で10発か・・・、まっ、なんとかなるだろう。 左右の兵装ポッドの30mm機関砲やミサイル、13mm機銃には異常がなかった。
そのまま出撃したメルダのツヴァルケは縦横無尽に活躍し戦果を上げる事が出来た。
だが、帰艦して飛行甲板に降りようとした時、左の着陸脚が下りていないのが計器に表示された。
普通なら着艦は諦めて近傍の空間に漂泊して母艦からの回収を待つのだが、メルダは左翼のバーニャを総動員して着艦してみせた。
重力の働いていない宇宙空間ならではの離れ業だった。
格納庫に降ろされた愛機を再度点検したメルダは驚いた。
左主脚の収納孔に工具が置き忘れられており、その工具が引っ掛かって主脚が下りなかったのだ。
呆れて怒る気にもならなかった。
それ以来、愛機の整備が終わる毎に報告させ、その仕事を自分で更に細かく再点検する様になっていた。
点検する度に些細ではあるが整備ミスが見つかった。
<これだからやはり二等は信用出来ん!!>その事を空母の航空団長に報告すると彼は言った。
「二等ガミラス人は被征服民。 元々は敵だった存在だ。 信用する方がおかしい! それより旨く使いこなす
方法を考えたまえ!!」
<旨く使いこなす方法・・・。>そう言われても若いメルダにはまだ判らなかった。
<ドメル中将は名将軍として名を馳せている。 しかし、彼の軍にも大勢の二等ガミラス兵がいるはず。
それでもドメル中将は彼等と一等ガミラス人を一つに束ね、疾風怒濤の様な艦隊運用で戦果を上げている。
一体、どうしたら彼の様な指揮官になれるのだろう・・・。>メルダはやがて継がねばならないディッツ家の名跡を
継ぐ事を思うと気が重かった。
漢(おとこ)の艦(ふね)-(3) に続く