107.星、越えし先の君(2)
今度は四人の武装したガミロイドが同行していた。
ガミロイドは鉄格子の前に置かれた空になった食器トレイを見つめた。
「『病人』の所に案内してもらおうか・・・。」古代守はガミロイドに告げた。
ガミロイドは黙って三人を「牢」から出すと、別の「牢」へ案内した。
その「牢」は守達が入れられていたものと殆ど同じ作りで「便所」すらないところまで同じだった。
だが、一応、「病人」である事を配慮してか、「夜具」だけは支給されていた。
しかし、守達を一番驚かせたのはその「病人」がまだ「少女」だったことだった。
かなり、容態が悪い様子でその肌は”まっ青”だった。
古代達、「地球防衛軍」の士官は少人数での乗艦が多いので医術の訓練を受けさせられていた。
孤立無援の宇宙船内で病人、負傷者が出た時、誰もがそれに対処出来るためである。
「照明をもっと多くしてくれ!」守はガミロイド達に要求した。
すぐさまガミロイド達は照明器具を大量に運び込んできた。
それでも少女の顔色は「青い」ままだった。一人のガミロイド兵が捧げ持つ照明の位置を高く変えさせ、
少女の顔がはっきりと照らし出される様にした。
彼女の皮膚の色は本当に”蒼”かった。
やはりここは”異星の船”だという事を守達は再認識せざるを得なかった。
どのような病気なのか、今は判定が付かなかったが少なくとももっと衛生的な場所で治療をする必要がある事をガミロイドに伝えた。
だが、ガミロイド達は病人や負傷者は「牢」に入れて隔離するものだとプログラムされているらしく、
頑として守の要求は聞き入れなかった。
「止むを得ない・・・。 治療はここで行う。一番経験が豊富なのは君だ。”治療”の指揮を執ってくれ。」守は主治医の役を石津一尉に任せた。
「技術的データがまるでない・・・。これでどうやって治療しろと・・・。」石津一尉が抗議した。
「肌の色以外、我々と同じだ。 我々と同じ治療を行うまでだ。」守が応えた。
「肌の色が”青い”って事は、血も”青い”んじゃないですか?」山根三尉が疑問を口にした。
「地球人の”黒人”の血の色は”黒い”か? 馬鹿な事を言うな。」石津が患者の胸を大きく広げて
耳を当てた。
小ぶりの乳房が顔を覗かせたが猥雑な事を考えているものは一人もいなかった。
「”雑音”が少し聞こえます。 ”結核か肺炎”を起こしている疑いがあります。
”便”はどうか、調べてみる。守は「牢」の隅で「彼女が用を足していた」と思しき場所に足を運んだ。
しかし、どの隅を見ても”排便”をした形跡はなかった。
「石津、酷い便秘で死にそうになるって事はあるのか?」守は率直な疑問を石津一尉に聞いた。
「いや~っ、自分の知る範囲ではそんな事は聞いた事がありませんが・・・。」石津は応えた。
守は少女の横たわった”マット・レス”の傍に引き摺った様な後がある事に気が付いた。
「彼女の本当の病室へ連れてゆけ! ここが我々を騙すためのカモフラージュの「牢」なのは直ぐに解った。」守は彼等を「隔離病棟」へ連れてきたガミロイドに詰め寄った。
「ここがそうだ。 ここで治療をして欲しい。」ガミロイドは融通が利かなかった。
「『便』の状態が確認出来なければ危なくて治療出来ないです。」石津一尉は弱り果てていた。
実は地球防衛軍の兵士は皆、服のあちこちに少量だが、医薬品や治療器具を持っているのだ。
治療器具は最初に捕虜になった時、取り上げられてしまったが、服の繊維に染料として染み込ませてある
薬剤があった。
一つはペニシリン、一つはストレプトマイシン、もう一つは大麻だった。
使える薬剤はこの三つ、しかし”大麻”は「最期の痛みを和らげる」ためのもので治療には使えなかった。
「お前達は『治療薬』は何も持っていないのか?」守は素朴な疑問を発した。
一人のガミロイドが小ぶりの箱を一つ持って来た。
消毒アルコールやその他の薬品の匂いが入り混じった”お馴染みの匂い”がした。
「救急箱か! 」石津一尉は喜んでそれを受け取った。
石津が勇んで中を開けて見ると、包帯だのガーゼだの外科用の医療器具ばかりが入っていた。
彼らは負傷者以外、手当てをする習慣がないのか? 守は大きな疑問を持ったが、今はそんな事より、
目前の「患者」の命を救うのが先決だった。
「”結核か肺炎”を起こしています。
抗生物質の投与が必要ですが、”結核ならストレプトマイシン”、”肺炎ならペニシリン”と投与する薬が違い
ます。
間違えれば”命の危険があります。”」石津一尉は冷徹な事実を告げた。
守はちょっと考えたが、いきなり、その”患者”にキスをした、しかも口の内側を嘗め尽くすディープ・キスだった。
女は驚いたがもっと驚いたのは石津一尉だった。
「何をするんです!」石津は二人を引き離した。
「大丈夫だ。 少なくとも”結核”ではない。 彼女の口中には”鉄分の味”はしなかった。」
”鉄分の味”はしない、それは”吐血、喀血”の類はおこしていないと言う事だった。
「ですが、もしほかの”伝染病”だったらどうするんです!」
「空気感染するものだったら既に、手遅れだし、俺はどの道、死ぬつもりだったからな。」守は言った。
「それに俺達の”死”が彼女の”生”に繋がるなら俺達の死も無駄にはならないってもんさ。」
「さあ、大体の治療方針はついた。 皆の制服に縫い付けてある”ペニシリン”を全部、出してくれ。」
守は皆に手持ちのペニシリンの供出を命じた。
数時間後、僅かな量ではあったが、”ペニシリン”の用意が出来た。
しかし、ここで困った問題が起きた。
注射器がないのだ。
”ペニシリン”は普通、筋肉注射で処方する、しかし、守達はもちろん、ガミラス側にも注射器は無かった。
” 蒼い肌 ” の少女が” 三つ目のガミロイド ”を呼んだ。
” 三つ目のガミロイド ”は少女の口元に耳(?)を近づけ、何かを聞いていた。
そして頷くと守達の所へ来ると言った。
「私の主人は腕の筋肉を切り裂き、薬剤を染み込ませた繊維を押し込む事で治療出来ないかと言っている。」
” 三つ目のガミロイド ”は事務的に守達に聞いた。
しかし、そのあまりに壮絶な申し出に守達は声も出なかった。
108.星、越えし先の君(3)→この項、つづく