150.夢幻の 宇宙戦艦・・・『扶桑』 (フソウ) ー (15)
制止を振り切ってデストリア級七隻が待ち受けるガリレオ衛星群の軌道・外縁に向かった。
<『ミョウコウ』を待っている暇は無い! あの訓練の最終段階でスポット・照準・射撃を訓練しておいて良かった。>
秋山は最後の一手を繰り出すつもりだった。
「各艦に告ぐ! 『ミョウコウ』を待っている時間は無くなった! これより各艦は個別にスポット・照準・射撃をして貰う。」
秋山の言葉に全艦の乗組員は覚悟を決めた顔になったが、慌てたり、不安な表情を見せる者は居なかった。
しかし、単艦で照準・射撃出来るなら『ヨシノ』や『ミョウコウ』の存在は一体、何だったのだろうか、特に『ヨシノ』など、
陽電子・衝撃砲の搭載を見送られ、それまでの主砲、”高圧増幅光線砲塔”を二基も降ろさせられ、挙句、敵に
取り囲まれて奮戦も虚しく宙に散った。
また、まだ秋山達は知らなかったが『ミョウコウ』も木星の裏側、大気圏上層部でガミラス駆逐艦の餌食になっていた。
この二隻の存在意義は『フソウ』を除く、射撃指揮・管制システムが貧弱な『ヒエイ』、『チョウカイ』の射撃指揮・管制を
補う事だったはずだ。
秋山が言った様に個艦での射撃が可能なら、何故、初めからその射撃方法を執らなかったのであろうか?
それは最後の技『スポット・照準・射撃』は最早、達人の技の領域に達する高度な射撃・技術だったからだった。
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大砲の照準の方法は大まかに言って直接照準と間接照準に別れる。
間接照準は山の向こうにある敵陣地などを攻撃する場合、山の上に居る着弾観測者が着弾の様子を逐一、砲側に
連絡して弾着点を修正、敵陣地を破壊するやり方である。 (日露戦争の二〇三高地争奪戦はこれのため。)
然るに直接照準は狙撃手が標的を狙う様に直接、照準望遠鏡に敵を納めて攻撃するやり方を言う。
これは単眼式、双眼ステレオ・スコピック式、スポッティング・ライフルと順次進化して来た。
(艦艇はこれにレーダー・照準射撃が加わる。 だが、砲戦距離が遠いので射撃システムは間接射撃のそれに近い。)
現在(21世紀)ではレーザー・照準が主流である、レーザーなら大気中でも重力下でも直進するので目標に
レーザー・スポットを当てて、距離を測り、それを砲にフィードバックすれば命中率は格段に上がる。
射撃毎の熱による砲身の歪みを考慮した照準など、ベテラン砲手の勘に頼る部分が大きかったがそれも今では
AI 処理で賄う事が可能になって来た。(10式戦車などタッチ・パネルで戦闘するらしい?)
秋山の特別遊撃艦隊が射撃・指揮・管制艦『ヨシノ』や『ミョウコウ』を必要としたのは、陽電子・衝撃砲を搭載するのに
精一杯で十分な射撃・指揮システムを搭載出来なかった、『ヒエイ』や『チョウカイ』の射撃指揮を代理で行うためだった。
しかし、両艦とも失われた以上、その支援は期待出来なくなったが、秋山はそうした事態にも備えて
『スポット・照準射撃』を訓練させていた。
なんと、それは高圧増幅光線砲の射撃指揮システムを使い、高圧増幅光線砲をレーザー照準システムとして用いる
大胆なものだった。
高圧増幅光線砲のビームはガミラス艦の装甲に弾かれる事は明らかだったが、命中したか、どうかは判別出来る、
そして、命中していればその空間点に艦首を指向させ陽電子ビームを叩き込もうと言う奇策中の奇策だった。
<だが、問題は砲塔の旋回と艦の姿勢制御を同期させるプログラムが間に合わなかった事だ。>秋山の心に一瞬、
不安がよぎった。
あの猛訓練の中、砲手の勘だけではこの射撃・方法が成功した事は一度もなかったからだ。
しかし、秋山は特別遊撃隊の将兵達が”凛”とした”決意”でこの反航戦に臨もうとしているのを感じた。
<いける! これならいけるぞ!>秋山自身も先程感じた不安を払拭して敵に向かって艦隊を進めて行った。
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<おかしい? 何故、奴らは動かない?>木星の裏側に潜んだがミラス艦隊本隊を率いているルミナス総司令は
地球艦隊がガッチリとエネルギー・プラントの前から動こうとしないのに疑問を抱いた。
確かに地球艦隊の前衛はガット副指令率いる”囮”のデストリア級の艦隊相手に善戦していた。
だったら、ここで全戦力を投入して敵を叩く、これがガミラス、地球を問わず一般的な用兵者のセオリーのはずだ。
戦力の逐次投入は一番やってはならない愚かな戦術であると用兵者が教えられるのは地球ーガミラスどちらでも
同じだった。(士官学校で教えられる基礎中の基礎。)
<今、我々が出て行けば、あの防衛艦隊を殲滅するのは容易い、しかし、それでは本来の目的である敵基地に打ち込む
反陽子魚雷も使い切ってしまう事になる、そうなれば本作戦は戦術的には勝利出来るかもしれんが、戦略的には
敗北だ!>ルミナスは腐っても総司令官だった。
「第二艦隊の戦況はどうか? 敵本隊はまだ動かないのか?」ルミナスは自分の意図が読まれているのかも
知れない・・・と感じ始めていた。
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「副指令殿、前方から接近して来る敵艦隊は先刻交戦した地球艦隊です!」情報士官の報告にガットは信じられんと
言う顔を隠せなかった。
<もしかしたら、奴らも(ゲシュタム)・ジャンプ出来るのか! そうで無くてはこんなに早く回頭して来れるはずは無い!>
ガット副指令は”囮”と言う役目が恐ろしくなって来ていた。
先程の戦闘では反航戦の初期に一隻、すれ違う一瞬の間に更に二隻の僚艦を失った、 これだけでも充分な
脅威だったが、反航戦なのでジャンプが出来ない相手ならもう遭遇するはずは無いとガミラスは高を括っていたのだ。
「敵艦隊は一隻、勢力が減っています! こちらの攻撃が後で効いた様です。」情報士官は更に吉報を告げた。
「敵艦隊は射撃・指揮・管制艦を全て失った模様! リンク信号が一切、感知されません!」ガットはその報告に勝利を
確信した。
<ジャンプは出来てもこの遭遇戦には関係無い! それよりリンク射撃が出来なくなった奴らは単なる烏合の衆だ!」
ガットは思わず自分の喜びを言葉に出していた。
「敵艦隊、距離三万kmまで接近! 敵艦、発砲! しかし、これは、例の””豆鉄砲””です。 陽電子砲ではありません!」
情報士官が訝しげに報告した。
<フッ、奴ら、やはり陽電子砲の射撃システムを完全に失ったな! これでこちらの勝利は確実だ。>ガットは
デスラー勲章を夢見て陶然とした。
しかし、そんな思いを打ち砕く様に『フソウ』の陽電子・衝撃砲がガット副指令の座上する旗艦の装甲を打ち破った。
『フソウ』は他艦と違い、第二砲塔に装備された大測距儀を中心とする光学照準システムを持っており、
射撃・指揮・管制艦の支援が無くても攻撃出来るのだ。
「機関大破、このままでは爆沈します!」副長が絶望的な報告をした。
「他艦の損害はどうか! 作戦続行は可能か?」流石にガットもガミラス軍人だった、自艦の安全より作戦続行の可否が
重要なのだ。
「一、二番艦、爆沈、これは・・・陽電子砲による攻撃です。 残留・金属イオンの反応がそれを示しています。
残存艦数4!」情報士官は混乱しつつも、事実だけを報告した。
「それなら、まだこちらの優勢は崩れん! 次席士官リッヘル中佐! 本官の後を次いで敵艦隊を撃滅せよ!」
<敵ながら『あっぱれな連中』だったな・・・。最後にお前たちと戦えた事を”誇り”に思うぞ!>ガット大佐は腕組をすると
自艦が爆沈する白光と共に宇宙に消えた。
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「攻撃・成功しました。残敵は四隻です!」『フソウ』艦長が秋山に声を弾ませて報告した。
「ロケット・アンカー用意! 各艦、直近の敵艦にアンカーを打ち込め! ここで再度十六点回頭をする!
一艦とて木星最終防衛ラインに辿り着かせてはならん!」またしても秋山は”奇策”を打とうとしていた。
確かにロケット・アンカーを使えば推進剤を使う事無く、反転する事は可能だ、しかし、ロケット・アンカーのチェーンは
長くて数百m、こんな短い半径の旋回をすれば『フソウ』艦内に掛るGは旋回によって厖大なものとなる、乗組員の生存は
まず望めなかった。
「私は反対です! これでは”特攻”と何も変わりません! 生きて帰っての”勝利”です!」『フソウ』艦長は秋山に喰って
掛った。
「復唱はどうした! これは”命令”だ!」秋山は断固、再度の回り込み戦闘を仕掛けるつもりだった。
「安心しろ、”G”は掛るが致命的なものにはならん。」それだけ言うと秋山は薄く嗤った。
「はっ、了解しました!ロケット・アンカーによる十六点回頭、実施します。」『フソウ』艦長は秋山の言わんとする事を
理解した様だった。
確かに惑星や衛星、大き目の小惑星などにロケット・アンカーを打ち込み、そこを起点として十六点回頭をしようとすると
膨大な長さ(何千km?)のアンカー・チェーンがなければ艦内を生存可能なG荷重に保つ事は出来ない。
しかし、今回、アンカーを打ち込むのは自艦とあまり大きさの違わないガミラス艦である。
アンカーを打ち込むと同時に『フソウ』が推進力を全開にして回り込みに入った時、ガミラス艦も『フソウ』に振り回される
格好になり、互いが互いの回りを廻る運動になるはずだった。
レベルに抑え込めると秋山は踏んでいた。
「ロケット・アンカー敵艦に命中! ロックしました。」航法士が報告する。
「よし、三十秒間だけ主機関全力噴射! 慣性制御、艦首方向に向かい、マイナス方向で最大出力運転をしろ!」秋山が
命令するまでもなく、『フソウ』艦長は的確な命令を下していた。
「艦首軸線に敵艦が乗り次第、陽電子・衝撃砲を発砲します!」砲手も秋山の意をしっかりと汲んでいた、あの苦しかった
艦隊訓練を通して確かに国連宇宙海軍・特別遊撃艦隊は将兵個々と各々の艦が一体の物として結びつき一個の生物と
化して機能しているのを秋山は実感した。
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