沖田は冥王星会戦の最中、戦場近くを猛スピードで過ぎっていった飛翔体が火星に不時着、搭乗員は
事故死したものの、異星からのメッセージが込められた通信カプセルが回収されたとの報告を受けていた。
<一体、どこから、何のために?>その大いなる疑問を残したまま地球最後の戦艦「英雄」は地下ドックに
その傷ついた巨体を横たえていた。
しかし、まだ、沖田はこの出来事が地球にとって、吉報であるとは思いもしなかった。
余りにも多くの命が失われたのだ。
幸い、本当の目的であった、ワープ理論の実証実験には成功したとの報告を大山から受けてはいたが、
それは最後の地球防衛艦隊の全滅と引き換えに得られた苦い成功だった。
沖田は冥王星前線基地の防衛を担っていた戦艦が今まで戦ってきたガミラス戦艦と姿形は変わらなかった
ものの、その攻撃力、防御力が桁違いに強力だった事に自分の読みの甘さを感じていた。
<奴等が拠点防衛により強力な艦を当てているのを見抜けなかったのはわしの責任だ・・・。>
沖田の計画では大山技術大佐率いる第1特務戦隊がワープ゚実験を行っている間位は「英雄」と
突撃駆逐宇宙艦の組み合わせである程度持ち堪えられると踏んでいたのだった。
しかし、現実はガミラス艦の攻撃力の前に突撃駆逐宇宙艦は突撃体制に入る暇も与えられず、次々と爆沈して
いった。
戦艦「英雄」も主機関を換装した結果、出力が50%増しており、今までのガミラス戦艦であれば
フェーザー砲3連双砲塔1基でもその装甲を打ち破れる計算だったのだが、「英雄」のフェーザー・ビームは
ガミラス艦に簡単に弾かれてしまった。
その弾かれ具合は沖田が今まで戦って来たどのガミラス艦よりも強かった。
地球側は知る由も無かったが、ガンツの命令で改良されたガミラス艦のエネルギー転換装甲は「英雄」の
フェーザーを浴びた時、攻撃力も加速力も0%にして回せるエネルギーを全て装甲の強化に使っていたのだ。
そして攻撃時には防御力や加速力の回すエネルギーを0%にして今までとは比較に成らない強力な
フェーザーを地球艦隊に見舞ったのだ。
これでは武装を減らして、大量の推進剤を飲み込んで質量が増し、機動力が落ちた地球艦隊に勝ち目が
無いのは当たり前だった。
しかし、そんな事は知らない沖田提督は失った大勢の部下にどの様に詫びたらいいか、考えあぐねていた。
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今、地球防衛軍の地下司令部は静かではあるが、只ならぬ喧騒の中にあった。
火星で回収された異星からの通信カプセルの内容が解読されたのだ。
それには驚くべき事が記されてあった。
メッセージの発信源は地球から14万8000光年離れた惑星イスカンダルであり、その住民は地球の窮状を
知り、それを救う放射能除去装置を提供する用意があるとの事であった。
それだけなら単なる与太話として相手にされなかったであろうが、カプセルにはその星の精密な座標と
そこまで短期間で辿りつける新型エンジンの設計図とその理論が付与されていた。
早速、天文班と技術班がその真偽を確かめるために動員された。
天文班は惑星イスカンダルの存在までは確認出来なかったものの、イスカンダルが所属するであろう、
恒星系の存在までは確かめる事ができた。
技術班はそのエンジンについて全く予備知識が無かったので本物か、どうか、確認する事が出来なかったが、
その事を聞いた藤堂長官は今回の冥王星遠征計画の真の目的を思い出していた。
伊地知参謀長は冥王星からの遊星爆弾攻撃が止まない事から今回の作戦は失敗だったと決め付けていた。
彼はあくまで地球艦隊の陽動作戦により、地球側の戦略攻撃を成功させ、ガミラス冥王星前線基地を
壊滅させる事が今回の作戦内容だと思っていたからである。
しかし、沖田は藤堂や伊地知に今回の作戦の本当の目的はガミラスに知られずにワープ技術の理論実験を
行う事だと告げていた。
藤堂はその作戦に参加した技術者が今回のカプセル情報の解析に参加していないのを確かめて眉を
ひそめた。
真田は呉ドックの最高責任者に、大山は「箱舟」計画の脱出戦艦「ヤマト」の建造責任者と全く別の部署の
扱いにされていたのである。
確かに、今回の冥王星会戦を陽動作戦としてまで行ったワープ理論確率実験は脱出戦艦「ヤマト」のための
技術確立のためであった。
だが、それなら一番、ワープ技術に通じているのは真田と大山であるはずで、この二人を蚊帳の外に置いて
新型エンジンを解析しようとしてもそれは土台無理な話である。
藤堂は真田と大山を直ぐに呼び出し、カプセル情報の解析を行わせた。
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ドイツ、ニュルンベルグ郊外にあるドイツ艦隊秘密地下ドックには今回の作戦艦、「シャルンホルスト」と
「グナイゼナウ」が仲良く並んで入渠していた。
フローラーが艦長室の片付けを済ませ、「シャルンホルスト」を出ようとしてエア・ロックの扉を開けると銃を
構えた憲兵隊が待っていた。
「私は宇宙軍・憲兵隊、ヴァルター・クラブマン中佐です。フローラー・ライニック大佐ですな。 国家反逆罪の
容疑で逮捕します。」
「姉貴~っ、 」先に「グナイゼナウ」を出たフレイヤも逮捕された様だった。
後ろ手に手錠をかけられた彼女は、余程、暴れたのだろう、肩章が片方無くなっていた。
「国家反逆罪? 今は1国の国益にかまけて全人類の将来を失う事の方がよっぽど反逆よ。
そうは思わない?」フローラーはクラブマン中佐を射すくめる様に見詰めた。
「私はあなた方を『国家反逆罪で逮捕しろ!』とだけ命じられました。
私には罪の内容がどの様なものなのかは知らされておりません。
黙ってご同道頂けませんか? 我々にしても故国の英雄に手錠をかけるなどと言う辱めは与えたく
ありません。」
「わかったわ。クラブマン中佐、案内してちょうだい。」
「有難うございます。!」満面に笑みをたたえてクラブマン中佐は敬礼した。
フローラーがそのままクラブマン中佐について歩き始めようとするとフレイヤが心の中で文句を言った。
<おいおい、俺はこのままかい。> <大人しくできるなら手錠を外してもらってあげるけど、大丈夫?>
<しかたない、ここまできたらジタバタしたって始まるめえ~。 大人しくするよ。>
フローラーは笑ってクラブマン中佐にフレイヤの縛めを解いてもらった。
右手首を左手でさするフレイヤの目の前に一人の若い憲兵が何かを差し出した。
先ほど、逮捕時に暴れたフレイヤの右肩から外れた肩章だった。
「あ、有難う、伍長・・・。」フレイアは受け取りながら思わず礼を言った。
その言葉に若い伍長も笑みをたたえつつ、敬礼した。
地球壊滅の危機の中にあって「東の沖田、西のライニック姉妹」は英雄として絶大な人気があったが、
当然、欧州連合では「ライニック姉妹」の方が沖田提督より人気があった。
それは土星圏での通商破壊戦で1年半に渡る活動とその大いなる戦果、木星会戦での
ガミラス威力偵察部隊の阻止、木星ー地球間での通商保護活動と活躍の場が広かった事が大きかったが、
姉妹が二人共、オリンピック選手だった事も人気の一つだった。
しかし、何より姉妹が若い美人だという事が最大の人気の秘密だった。
憲兵隊の兵士達は「姉妹」を逮捕しに来たにも係わらず、「同じ時と空間を『姉妹』と共に出来る光栄」に
高揚していた。
「ライニック姉妹」は憲兵隊をまるで護衛の様に引き連れて地下司令部の方に向かって消えていった。
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真田技官は興奮していた。
目の前にあるイスカンダルから提供されたワープ理論は大山技官と共同で解析したガミラス艦のエンジンから
得られたワープ理論と殆ど同じものだったからだ。
真田は隣りでモニターを見詰める大山の方に目をやると大山も顔を上げて真田の目を見詰めた。
「これはいけるな・・・。」真田は大山に声を掛けるともなく言った。
「だが、これは、・・・。 信じられん・・・。」大山はイスカンダルからもたらされた理論とエンジンの詳細設計図
から得られたデータを使って新型エンジンの能力をシュミレートしてみたのだ。
その結果、このエンジンの最大跳躍距離は1回で1000光年にも及ぶ事が解った。
ガミラス艦から得られた解析データと、冥王星会戦の裏側で行ったワープの実証実験の結果から得られた
データで地球単独でワープ機関を開発しても精々1回の跳躍距離は数十光年が精一杯だった。
二人は何度となく、シュミレーションを繰り返したが、その結果は同じだった。
イスカンダルへの旅は往復29万6000光年にも及ぶが、1回の跳躍距離が1000光年にも及ぶとなれば、
航行だけに限ってだが、1日、1回のワープをすれば296日で消化出来る計算なのだ。
これは勿論、戦闘や天体現象などの障害が一切なかった場合の話であり、現実にはこの日数ではギリギリと
考えるべきだと真田も大山も思った。
1日のワープ回数を増やせば更に時間短縮できるのは明白だったが、1日に何回ワープ出来るのかは
未知数だった。
機関が持っても、人間が持たないかもしれない・・・、これはやってみるしか判らない事だった。
だが、今までの検討でこの「イスカンダル行き」が不可能ではない事が確かめられたのだ。
二人はこの検討結果を報告するために藤堂長官の待つ司令室に向かって部屋を出ていった。
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ライニック姉妹は宇宙軍総司令官の部屋に護送された。
部屋の前にはシェーア提督の愛弟子、ヒッパー少将が二人を待っていた。
護送してきた憲兵隊はヒッパー少将に敬礼すると退去していった。
「入りたまえライニック大佐。」ヒッパーは二人を司令官室に誘った。
フローラーとフレイアは顔を見合わせたがヒッパーの言葉に従って入室した。
ヒッパーは部屋の木製の扉を閉めると二人に向き直った。
「国家反逆罪って、何の事だよ!」フレイアがたちまち切れた。
「国家の財産である巡航艦を勝手に持ち出して、他国の作戦に協力したのが反逆でなくてなんなのだ?」
ヒッパーは厳しく詰問した。
「この作戦はあくまでもガミラスの冥王星前線基地を攻撃するためのものでした。
しかも、我々の協力は後方支援で、危険は少ないものと判断できました。
確かに事後承諾を狙ったのは認めますが、それは上層部に作戦協力の可否を問うていたら間に合わないと
判断したからです。」 フローラーはサラリと答弁した。
「だが、その後方支援とやらは失敗したようだな。 ガミラスの遊星爆弾攻撃はいまだ続いているぞ。」ヒッパーはここぞと痛いところを突いてきた。
「そんな事はない! ワープの実証実験には成功した。 それが本当の目的だったんだ。」フレイヤは
思わず話してはならない事を口走ってしまった。
フローラーは<しまった!>と思った。
日本が地球脱出計画を進めている事は他の国には知られてはならない事だった。
日本が進めている計画は地球生命全部のDNAを他の星に移住させようと言うものであり、
現在生きている人間を脱出させようと言うものではなかったが、そういう計画があると知られただけで
人類同士の間に疑心暗鬼を生み、地球陣営の分裂を促す恐れがあったからだ。
「ワープ? やはりな、君達はすでに今回の事を予想していたのだな。」ヒッパーは姉妹が思いもかけない事を
言った。
ヒッパーはイスカンダルからのメッセージの件について語った。
「今、生き残っている大型艦は君達の『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』、日本の『英雄』しかない、
しかもこの3隻はどれもイスカンダルから提供された『波動エンジン』とかいったかな? ワープの出来る
新型エンジンを積むには小さすぎる、日本が秘密裏に建造していた『箱舟計画』の船しかこの新型エンジンを
積め、かつ、こんな困難な任務に耐える船はない。」ヒッパーは驚くべき事を告げた。
「日本の『箱舟計画』は超機密のはず、なんで提督はご存知なのですか!」フローラーは思わず聞いて
しまった。
「『箱舟計画』? そんなものはもうないよ。 我々にあるのは最後の希望、『ヤマト計画』だけさ。」ヒッパーは
悪戯っぽく笑って自分のコンピューターのモニターに写っている物を大スクリーンに写して見せた。
「これは・・・。」そこに映し出された物を見たライニック姉妹は開いた口が塞がらなかった。
スクリーンには九州坊が崎の秘密ドックで8割がた完成した『宇宙戦艦「ヤマト」』の姿が映っていたのである。
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藤堂は自室に沖田、伊地知、真田、大山を呼んでいた。
「諸君! イスカンダルからのメッセージは本物であると判断できる材料が揃った。
特に大遠距離を航行出来るワープ技術の提供は我々にとって福音以外の何物でもない。」ここで藤堂は言葉を
切った。
「問題はこの技術の用い方だとわしは思う。」
「というと?」沖田が問うた。
彼にとっては地球を救う道が示されたのならそれを全力で行うのが当然だったからだ。
「イスカンダルには行かず、ガミラスの来ないところへ素早く避難するという事ですね。」伊地知参謀長が
とんでもない事を言った。
沖田は何時に無い激しい表情で伊地知を見詰めた。
しかし、藤堂は言った。「伊地知君の意見も確かに選択支の一つだと思うが、どうかね。」
「俺は、この計画が、これだけ新しい可能性が与えられたにもかかわらず、脱出計画のままなら、もう、
この計画からは手を引かせてもらいます。」大山が伊地知の意見に反対の立場を示した。
「もはや手遅れです。 誰が流したかわかりませんが、イスカンダルからの使者の到着とそのメッセージ、
日本がその救いの手に応えて新型戦艦を建造、放射能除去装置を取りに行くという情報がNetに流れ、
世界中の掲示板にその内容が書き込まれています。」真田が真顔で報告した。
大山はその犯人が誰だか直ぐに判ったがそしらぬ顔で皆と一緒に驚いて見せた。
「決まりましたな。 火星で眠るイスカンダルからの使者は文字通り自分の死を賭して我々に希望を
運んでくれました。
その想いに応える義務が我々にはあります。」カーテンの陰に隠れていた土方提督が皆の前に姿を表して
言った。
「土方、後は頼んだ。」沖田は長年の友、土方提督に地球の事を託した。
「沖田、必ず帰ってこい!」 二人の老勇は固く手を取り合った。
「くそっ、どうしてお前等はわしを無視していい所を皆持っていってしまうんだ!
わしだって、わしだって、人類の存続にさえ拘らなければ、イスカンダルでもガミラスでも行ってやる!
でもそれでは人類は滅びてしまうんだ! おまえ達はこの旅が成功する自信があるのか!」伊地知は面目を
失って喚いた。
「伊地知君、わしにもこの旅を成功させる自信などはない! しかし、成功させる意志はある!それだけが
この29万6000光年の長い苦難の旅に必要なものだとわしは思う。」沖田は膝を突いて泣き伏した伊地知の
肩に手を置いて言った。
沖田は伊地知にも彼なりの人類愛があった事を知った。
「解りました。私も男です。『箱舟計画』は中止しましょう。 そのかわり、『ヤマト計画』を、宇宙戦艦『ヤマト』を
イスカンダルへ送りましょう。」伊地知参謀長は今までの全ての因縁を涙と共に拭う様に言った。
「忙しくなるぞ! 真田君、大山君、全ての人員、資材の動員権を与える! 3ヶ月以内に宇宙戦艦『ヤマト』を
完成させてくれたまえ!」藤堂長官は真田と大山に激を飛ばした。
土方と沖田は「ヤマト」乗組員の確保と訓練、伊地知は各種マニュアルの製作や一般事務作業の統括を
引き受けた。
ここに来て、これまで一枚岩とは言い難かった日本の体制も固まり『ヤマト計画』はヤマト発進に向けて
一気に走り始めた。
ヤマト発進まで95日